第89号:17年ぶりの代沢曽遊
三軒茶屋で打ち合わせ。
キャロットタワーがそびえる駅前だが、そのほかは不思議と変わっていない。
社会人になって最初の職場は三茶と下北の間の代沢にあった。
2年弱勤めて、辞めてから行っていない。
記憶も薄れていて、教えられないと茶沢通りもわからなかった。
富士通170、IBM3090という大型汎用コンピュータを動かしていた、
かつての職場は更地になっていた。
会社の独身寮を建てるようだ。
施工主は会社ではなく、社長個人がもつ別会社名になっている。
会社から賃貸料を貰うのか。相変わらずだね。
だんだん記憶がよみがえってくる。
新入社員のくせに、こっそりある予備校に通い始めた。
復習がきつく、秋から昼休みに小さな喫茶店のカウンターでやることにした。
ちょっと上品な普通のおばさんがやっている店。昼は営業マンの常連が多かった。
おばさんや常連と会話を交わすようになり、何の勉強をやっているのか明かすと、
ときどきピラフがただになった。
冬、店の休みが多くなったなあと思っていたある日、
シャッターを閉ざした店の前におばさんが立っていた。
「店を閉めるの」
「そうですか……」
「つらくなるから、行って。早く」
それから17年。なんと同じ場所に、喫茶店があった。
ちょっと逡巡するが、入ってみる。
このカウンター。狭いテーブル。見覚えがある。
しかし店主は夫婦で、全く知らない顔だ。
レアチーズのセットを頼んで、いつしかさっき預かった雑誌に没頭していた。
それだけが17年前と同じだった。




こんにちは、
三軒茶屋ですが、今もまったく道筋が残っているとおり、都内からの246(大山街道)と世田谷通(津久井道)の分かれ目の三叉路になってます。
三叉路の角にそれぞれ三軒の茶店があったそうです。
江戸当時、大山詣は都民のミニ旅行。おそらく、一日二食制だったので、この辺でお昼のおやつの時間で、串団子とか食べていたのでしょうね。
休みすぎて、あやまって津久井道の方に行っちゃた慌てものもいたでしょうね。
Posted by: おおた葉一郎 | December 10, 2007 at 11:38
ごぶさたです。
世田谷通りは三茶で分かれてすぐ田舎道の風情になりますね。ビルや家が建て込んでいますが、素性は隠せない感じです。路面電車の東急玉川線があった頃は、世田谷線との分岐点で、独特の雰囲気をかもし出していたそうです。
25年ぐらい前に、電話局の地下でケーブルが燃えて、世田谷の電話が不通になった「世田谷ケーブル火災」もここで起きました。
Posted by: ぱいんと尺 | December 11, 2007 at 01:55