November 12, 2008

第103号:「ポメラ」がやってきた!

Dsc_5008

福岡県の文具店から、キングジムのテキスト専用入力マシン、ポメラが宅急便でやってきた。
いじった感想をひとことで言うと、「これは使える!」
文章がびしびしソリッドに入力できる。これがしっかりしていれば、ネットの接続機能などいらない。
E-mobileと抱き合わせで100円で売っているEee PCもいらない。
ファーストインプレッションは以下の通り。写真がぼけているが、疲れているので撮り直す気力がない。
許せ。

Dsc_5004_2

さて一番上の行。
買ったばかりのパソコンに何を入力するか、というと、私の場合たいていこれだ。
理由はない。万年筆を買ったとき、あるいは試し書きの時に自分の名前を書くのと同じようなものだ。
キーボードやIMEの使い勝手が即わかるようなフレーズをご存じの方は、ご教示いただきたく。
でもそんなのあるのか。

October 27, 2008

第102号:「ポメラ」が気になる

「テプラ」など変わった事務機器で有名なキングジムが、テキスト専用入力機「ポメラ」を発表した。11月10日発売。

最近、「Eee PC」など格安モバイルノートがブームだが、「ポメラ」はこれらとは一線を画し、テキスト入力しかできないいさぎよさ。
ちょっと、ぐらぐら来る。

先日会社を辞めるときに机の引き出しを整理していたら、「OASIS POCKET2」が出てきた。すっかり忘れていた。
もう15年ぐらい前に買った、単三乾電池2本で動く縦20センチ、横10センチほどの小型ワープロ。サイドパーティー製のケーブルを使ってMacにつなぐとストレージとして認識し、ファイルをやりとりすることが可能だった。しかし、反応が遅く、変換機能もプアだったため、結局使いこなせずに終わってしまった。

「ポメラ」は、「オアポケ」の愛称で親しまれてきた、この「OASIS POCKET」の再来を思わせる。インプット・メソッドには「ATOK」が使われるようで期待できる。また、キーボードが大きく伸張するところも美点。モバイル製品に使われている小さいキーボードで長文を書く気は全く起きない。前エントリで紹介した川崎和男が、20年近く前にジョン・スカリー時代のAppleに提案したコンセプトモデル「Mind Top」にそこはかとなく似ている(いや、美しさは段違いだけれど)ところも気になる。

まだ全く触っていないのだが、「書く」ということに関しては、そこそこ押さえられているモデルのように感じるのだ。

現在、私は「いつどこでもテキストを入力できる」環境があると便利。ふだんはMacbook airを持ち歩いている。その前のibookG4とか、初代PowerBookG4(15インチの、チタンのやつ)を持って歩いていた時代に比べれば圧倒的に楽になったが、それでも取材道具とかカメラが一緒になると外されることになるし、健康のために、と思ってこれらを背負って、帰宅するのに1万3000歩とか歩いていたら、「足底筋膜炎」になって、かかとに激痛が走るという情けないことになってしまった。荷物の軽量化を考えねばならない。

いまの原稿書きには、事実上ネット検索環境が不可欠だ。しかし、それは割り切り次第とも言えるし、iPhoneなどのモバイルデバイスで代用することもできる。最近、同業者で取材の場にノートPCを持ち込み、メモを取る人が多いが、私はどうもあのものものしさが気に入らない。第一、「図が書けない」。だから私はノート派だ。でも「ポメラ」なら、TPOで使えるような気がする。

こういう企画が文房具メーカーから出てきたことが面白い。これだけ割り切ったものを、コンピュータメーカーが送り出すことは、おそらくもう無理なのであろう。

September 17, 2008

第101号:ペイリン共和党副大統領候補のメガネはKazuo Kawasaki

Mp704
*ペイリン副大統領候補がかけている「MP-704」。板状のフレームはチタン製。


マッケイン氏が担ぎ出してきた、サプライズのアラスカのあの人。
彼女がかけているのは、福井の増永眼鏡の製品である、「Kazuo Kawasaki」ブランドのメガネなのだそうだ。
Kazuo Kawasakiブランドは、パウエル元国務長官が愛用していたことで知られる。ヒラリー・クリントンもお気に入りなのだそうである。増永眼鏡のある福井県鯖江市は、日本のメガネ産業の90パーセントが集積している「メガネのまち」だ。

現在大阪大学大学院で人工臓器を研究している川崎和男氏は、インダストリアルデザイナーだが、人工臓器を開発したいがために医学博士号をとるという、驚きの転身を果たした人だ。「メガネは医療器具」というコンセプトを打ち出し、それまでファッション性しか考えられていなかったメガネの世界に革命を起こした。

何を隠そう、私も川崎氏の「アンチ・グラビティ」シリーズからの愛用者。アンチ・グラビティは、メガネのずり落ちを防ぐため、フレームを軽いチタンで作り、鼻梁に乗せるパッドの支持方向を逆にしたユニークなメガネだった。いまかけているのはその後継のもの。ネジは蝶番部分の2個しかなく、レンズもフレームの弾力だけで止められている。前作もそうだったが、チタンフレームの弾力がばねのように耳と顔面にフィットし、レンズの光軸がゆがまないのがウリである。私は今のフレームをすでに4年以上使っているが、全くゆがみがない。

まだまだ、モノ作りに新しい思想をこめることはできるのだと感じることができる。
アメリカのトップを目指す人間がかけても、私のような田子作がかけても、いいものはいいのである。


Kazuo
*ちょっと古びているが、私がかけている「MP-690」。増永眼鏡直営店でしか手に入らない赤いフレーム。自慢しちゃった。

September 01, 2008

第100号:ニコンD90とアップルの“i”体験

D90
*ニコンD90で撮影したお披露目会場。人物が写っているのでトリミングしてある。室内なので、ISOは720相当。動画は残念ながらやはり人物が写っているので公開できない。


今月19日に発売になるニコンD90は衝撃のカメラである。
一眼レフとしては初めて、動画を撮影することができる。

渋谷で一般向けのお披露目があったので、出かけてみた。
ニコンは太っ腹である。自分のSDカードを持って行くと、画像も動画も記録して持って帰ってもいいことにしてくれていた。そこで画像と動画を記録し、帰って分析してみた。

「Dムービー」と称する動画撮影機能は、ファインダーではなく背面の液晶画面でピント合わせをする「ライブビュー」機能と一体化されている。
液晶画面の右上に「Lv」ボタンが新設され、押すとすぐミラーがアップされ、撮像素子に映し出された画面が液晶に表示される。すなわちライブビュー状態。ここでピント合わせしてシャッターボタンを押すと、通常の静止画像が撮影できる。
「Lv」ボタンを押した次に、メニューボタンの「OK」を押すと動画撮影が始まる。動画撮影時にはオートフォーカスは効かないが、液晶画面で確認しながらレンズのピントリングを手で回すことで十分ピント合わせが可能だ。

レンズキットとして併売されるAF-S DX 18-105G VRを使って望遠端にし、手前にピントを合わせると、ピントの合っていない奥のほうは美しくぼける。つまり、写真のような動画が撮れる。それってどういうことなのか。

そう、映画のような描写が手に入るのである。
アップにすればきれいなボケ味を。ロングは超広角も使える。
写真用のニッコールレンズがとっかえひっかえ使えるのである。

ビデオカメラでは撮像素子が小さいため、ピントの合う範囲が広い。だからこれほどきれいにぼけはしない。プロ用機材でなければ撮れない動画が、10万円そこそこの機材で手に入るのである。

弱点もある。撮像素子(CMOS)の読み込みの関係だろう、カメラを激しくパンすると、ものがゆらゆらとゆがんで写る。また、逆光の処理はビデオカメラに一日の長があるようだ。
しかし、これはおそらく撮影方法でカバーできる。映画撮影のようにカメラをしっかりと三脚に据え、激しいパンをしなければ問題はないと思われる。だから、「Dムービー」は子どもの運動会の記録のようなホームビデオ用途には向かない。操作はフィルム時代のマニュアルカメラを思わせ、もっと言えば高校生のときに私が熱中した8ミリムービーカメラの操作に似ている。

私に説明してくれたニコンのお兄さんは、Dムービーを「おまけ機能」と言い切った。
たしかに、「Lv→OK」で撮影開始、そして動画撮影中にシャッターボタンを押せば、通常の静止画像が撮影できて動画撮影が中止する仕様は、D90が「動画撮影機ではなく、カメラですよ」と主張しているように見える。カメラの画質はD300とほぼ同様で、スチルカメラだけと考えても完成度は高い。

大変すっきりしており、いさぎよい。
しかし、この機能は映像体験を変える可能性を秘めている。

私はアップルの“iPod”を日本における最初の発売日に買った。
それまでのポータブルプレーヤーでの音楽体験は、テープのウォークマン、CDウォークマン、MDまで、ほぼアルバム1枚分がひとつのメディアに収まるように設計されていた。iPodは大容量HDにデータを収めることにより、自分のCD棚を全部持って歩けることになるのだ。これは、それまで「ウォークマン」の独擅場だった音楽体験を根底から変える革命だった。オンラインで1曲単位から変え、podcastやストリーミング配信でラジオの概念も変えるに至った“iTunes”と“iTunes store”しかり、そして“iPhone”しかり。アップルの強みは「体験」の既成概念を根底から覆すことにあった。それを感じたから、私はとびついたのである。その日以来、たしかに「音楽体験」は変わった。

ニコンが提案する、新しい「映像体験」は、従来の、紙にプリントして見たり、スクリーンに映写する鑑賞方法から、ディスプレイで見ることが主になったこと、そしてweb上で静止画と動画がシームレスに近いような形で扱えるようになるという環境の「統合」が背景になっているように思われる。写真から動画へ、動画から写真へ簡単に行き来する。両者の垣根は、今後なくなっていく予感を秘める。

ニコンは、長年堅牢性、信頼性を追求してきたメーカーである。シャッタースピードの高速化など革新的な技術の投入もあったが、すべては「写真を撮る」道具であるカメラというものの「機能」を突き詰めてきた。しかし昨年から、ニコンは「写真体験」を変える方向にシフトしてきている。D3の高感度性能に代表される「今まで写せなかった領域を写す」。コンパクトカメラに無線LAN機能を搭載することで「撮った写真をすぐネット経由で見る」。そしてD90では「デジタル一眼レフで、動画を撮る」という、全く新しい映像体験の提案に進化した。アップル同様、ソフト面から働きかけられるメーカーに躍り出てきたのである。これは驚きだ。

しかし、アップルがその機能をデザインと一体のものとして、かたちそのものからコンシューマーに働きかける(それはパッケージにも徹底していて、iPod、iPhone、そしてMacbook Airの箱を開けた人は、そのときの新鮮な感動が忘れられないだろう)のに対し、D90のデザインは、先代のD80、さらにルーツとなったD70とほとんど変わらないし、持った感じも全く違和感がない。他のメーカーだったら、まず新しいデザインを与えるだろう。

そのあたりが、いかにもニコンらしいとも思うのである。

July 07, 2008

第99号:東京タワー、ぱちん

08.7.7 東京都港区 GRD2
On

洞爺湖サミットの関連企画。

Off

中央やや右に写っているお台場パレットタウンの大観覧車も消灯。


July 02, 2008

第98号:ニコンD700は銀塩写真への最後のとどめとなるか?

08.6.15 副都心線渋谷,D300(ISO3200)
Metro

久々の更新。

ニコンD700が発表された。スペックを見ると、D300のAPS-Cサイズの撮像素子を、D3のフルサイズにしたような、「フルサイズ普及機」という位置づけのようだ。
撮像素子が大きくなったので、ファインダーに像を結ぶためのペンタプリズムが大きくなり、D300よりも背が高い印象になっている。私は銀塩のF100を持っているが、これもペンタプリズムの大きいカメラなのであまり気にならない。また、D3と比べてデザインがのびやかになったように感じる。
各部解説の写真を見ると、操作性はD300と変わらないようである。これは素晴らしい。D300は、使い込むと自分の意志通りに操れる、道具として大変よくできたカメラだ。その操作性で、フルサイズの画質が得られるのである。欲しくなる。

いま私は、D300を使っていて、時折雑誌掲載用の写真を撮影している。写真の質に関しては割合に厳しい雑誌なのだが、B5判ページ半分ぐらいならば、写真原稿として問題ない写真が撮れる。D300は高感度特性も向上しており、暗くなってから感度を上げて撮った写真をRAW現像で暗部を持ち上げ、明るすぎるところを抑えてバランスをとる処理をすれば、同じく雑誌原稿として問題ないデータを作ることができる。つまり、表現の幅が広がったことになる。D700の撮像素子はD3ゆずりだから、さらに高感度特性がよい。

フルサイズ機で気になるのは、「どのくらい伸ばせるか」ということである。距離を置いて見るポスターや広告写真の世界では、実質的に充分な画質が確保され、ほぼデジタル化が完了している。しかし、目を近づけてみることの多い風景や鉄道写真を載せる雑誌では、解像度の高さや色飽和が出やすいなどの問題で、まだポジフィルムが幅を利かせている部分がある。APS-Cフォーマットでは、半ページ大の写真までが限界、と編集者から聞いたことがある。
実のところ、ポジフィルムであるフジRVPを1段増感で使うだけでも、A4判雑誌の見開きカラーとしては厳しく、デジタル補正が必要となる。キヤノンのEOS1Ds MarkIIIやD3による試みが行われているが、普及価格帯のD700が出てフルサイズユーザの裾野が広がることで、この分野が完全にデジタル化するかどうかが興味深い。置き換え可能、ということになれば、富士フイルムが最後の踏ん張りを見せている銀塩フイルムの世界に、最後の一撃ということになるかもしれない。

私としては、D700は“買い”だと思うけれど、たぶん次の世代まで待つ。
雑誌見開きを狙うような「作品」は撮らないだろうからである。
D300を持っていない人は、飛びついても損はないのだろう。きっと。

April 06, 2008

第97号:右のポッケにゃ21ミリ、左のポッケにゃ40ミリ……GRD2で行くお花見散歩

ゆりかもめが休む小名木川ぞい。40ミリ。 GRDigital
R0017695


GRDigitalのコンバージョンレンズの話である。
花曇りでちょっと寒い日、ハーフコートのポケットに21ミリと40ミリのレンズを入れて出かけた。
右手と左手でさっと付け替えようという魂胆だ。
もとの28ミリと21ミリ、40ミリを切り替え、フォーマットもデフォルトの3:4と、1:1とを切り替えると、視点がどんどん変わっていって面白い。昔のレンジファインダーカメラでのスナップと同じなのだろうと思う。

R0017678
これは江東区の「嘆きの壁」ではなく、地図出版社昭文社の壁面。
21ミリでないと収まらない。

R0017779
両国、40ミリ。この頃から晴れてくる。午前中までの雨に濡れていたすべてのものが、生き生きと輝き始める。

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28ミリ。

R0017800
両国横網町、震災慰霊堂。40ミリ。

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清澄通り、40ミリ。

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吾妻橋上、40ミリ。

R0017834
墨堤、40ミリ。

浅草松屋で北海道物産展をやっていたので、「開拓おかき」を買って帰った。
写真は撮り損ねた。

March 16, 2008

第96号:マルちゃんカップ麺「富士宮やきそば」

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*富士宮やきそばらしく、インスタントだしの素みたいな袋に入った魚粉が入っている。しかし、うまそうにふりかけられなかった。


深夜の南大塚のコンビニで見つけて買ってきた。
早速作って食べてみる。
ウスターソースの味が勝っているが、こんなにウスターウスターした味になるかな?
というのが、いままで富士宮やきそばを食べてきた経験から疑問として浮かんでくるので、うまいかどうか判断を保留したいところ。
しかし、カップ麺でコシのある表現ができているのは刮目すべきだ。どうしたらこういうふうにできるのだろう?

ところで、製品のリリースがあるのだけど、
「焼きそばの需要期」という表現にひっかかる。
バーベキュー→GW、のような連想はあるが、そのときカップ焼きそばは登場しないであろう。
ビールの消費と連動しているのだろうか?

March 07, 2008

第95号:EDIROL R-1、安定する

08.02.11 銀座 GRD2
0ginza

 デジタルレコーダーEDIROL R-1の話。コンパクトフラッシュに録音するこのマシンを皮切りに、オリンパスやソニーでも同種の製品が続々と出るようになった。R-1はもう生産終了で販売されていないが、いまだ使っておられる方もたくさんおられるだろう。
 以前、電池関係の不具合を報告したことがあった。オキシライド乾電池を使うことによって、2時間程度の稼働が確実になったが、サンヨーの「エネループ」に換えたところ、さらなる安定と長寿命を得た。4時間は確実、場合によっては5時間程度もいける。
 R-1では柔らかい音が録れる得がたい機体だ。最新の機種は一回り以上はコンパクトになっているが、私はまだしばらく、R-1を味わいつくしたいと考えている。

January 04, 2008

第94号:厄年明けましてぎっくり。

08.1.1,栃木県何某町,GRD2
R0010802

旧年中はご愛読ありがとうございました。
今年もよろしくお願いいたします。

数えで厄年となった。
本厄である。

実家で一人暮らしの母が、厄除けをしろという。
気乗りのしない返事をする。

もっとも以前、父と祖母と叔父が続けて死んだことがあって、
父は末期癌だったし祖母は高齢で仕方ないとあきらめがつくが、
叔父が雪に埋まって事故死したのが掘り出されたときはさすが
に驚いた。
それも、父→祖母→叔父が、かっきり3ヶ月と1日ごとのイン
ターバルを置いて死んだのだ(叔父は警察の検死によるとや
はりその日ぐらいになるらしい)。
その間隔で私は、くたびれたキャデラックの霊柩車に3回乗り
込む羽目になり、葬儀については精通することになった。2年
後に葬儀を取り仕切る機会があって、その蓄積が開花するの
だが、
それはまた別の話。

次の3ヶ月と1日目が迫ってきたとき、さすがに厄除けを考えた。
近所の社長に相談すると寒川神社がいいというので、行ってきた。
なにか巨大な工場のようであった。
母、弟夫婦、自分、義理の父母と妹の分まで厄除けした私は
いいお客だったはずである。

その記憶も薄れ、気乗りしない返事をしたまま、除夜の鐘の音
とともに初詣に出かけたとたん、左足の裏に、ぬらりと滑るよう
な感触があった。

犬のウンコ踏んだ。

おそらく30年近く踏んでなかったはずだ。
街灯はあるが、午後10時で消灯して真っ暗なのだ。田舎だから。
口惜しい。
ちょっと考えて、初詣の願い事は

「今年はババ(糞)掴みませんように」

とした。

2日。朝起きて顔を洗おうと腕を広げたとたん、
ちかっと背中から腰に違和感。すぐ激痛がやってきて立ち往生。

ぎっくり腰だ。

とりあえず動けるようになるが、全ての動作が、

「ドモアリガト、ミスターロボット」

となる。弟がコルセットを買ってきてくれたので、
ぎゅうぎゅうに締め上げてうつぶせに寝る。
もともと腰痛もちなので、車はシートで選び、家には背筋を伸ばし
て座れるバランスチェアがあるので苦痛を感じず東京に帰ってき
て、家にしゃがんではいるが、

2008年になったとたん、これはどうしたことだろう。
だいたい、ぎっくり腰は「ババ掴み」には入らないのだろうか。

これを書いている4日未明現在、腰をかばっている各所の筋肉が
痛くなり始めた。初日より痛さの度合いは増しているかも知れない。
しかし、今日も年始回りだ。

厄除け検討中です。

«第93号:世と世の欲は過ぎ去る

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