東武DRC1720系現役時代
イヌのおっちゃんが東武博物館のDRCについて書いているので、こちらは現役時代の姿をご紹介しましょう。

1983年の1720系。列車無線はついているものの、運転席上のクーラーはまだない時代。

DRC第一編成は1960年の登場ですが、これは1973年製の最終増備車1781編成。屋根上に客室の冷気を運転室に引き込む風洞があるのと、連結器収納部分の当て板にスリットが入っているのが特徴です。
その頃の車内。これは岩槻公園に保存されている1726号と記憶しています。

1723号のサロンルーム。ジュークボックスは就役当時より圧倒的に小型化されていますが故障中。末期はたいてい故障して使えなくなっていました。サロンルーム入り口のドアは、昭和50年代は透明でアンバー色のアクリルドア、乗客が突き当たらないように目の高さに三本の白線が入っていました。「サロン Salon」の文字が60年代的ですね。その奥にはHI-Cの自販機。市中で買うよりもかなり値段が高かった記憶があります。

80年代末になると、西新井工場で修繕工事が行われます。ライトケース部分が覆われていますが、鏡板を更新しました。また、サロンルームを撤去して、そこを座席化しています。バブル時代、だけれどもモータゼリーションが今ほどではなかった頃、座席が取りにくかったことに対応した施策でした。

後継特急100系「スペーシア」がデビューした1990年、運用に余裕が出た1720系が「大宮市民号」として野田線初入線。この当時、大宮市は日光・鬼怒川特急の大宮始発を要望していましたが、現在はスカイツリートレインが浅草に向かっているのは時代の流れなのかもしれませんね。
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コメント
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ひーーーーーーーーーー
ジュークボックスの写真撮ってたんかー!
4歳児の記憶はほぼ消失したけど、なぜか、あのアクリルドアだけが脳みそのどっかに欠片がっ!
投稿: 根津犬一郎 | 2015年12月 3日 (木) 20時33分
初めて丹念に時刻表を見るようになった時、東武特急の欄に、D特と特急がありました。
幼少の私はD特をディーゼル特急と思いこみ、そうか、東武はまだ非電化区間があるのかなどと・・
ふざけたダイヤでしたね。
北千住は上りのみ停車とか・・・
投稿: シグ鉄 | 2015年12月 5日 (土) 17時46分
イヌさま
今となっては、サロンルーム全景をはじめ、舐めるように写真を撮っておきたかったですが……。
アクリルドアは強烈な印象でしたね。
シグ鉄さま
コメントありがとうございます。お返事遅れました。
「D特」は更新前の1700系「白帯車」との区別が必要だった時代ですから、昭和46年までの表記ですね。
東北道がまだ首都高とつながっておらず、日光宇都宮道路も伸びていなかった時代、日光路の王者はDRCでしたし鬼怒川温泉も社用族で賑わっていました。その頃の特急は浅草と日光・鬼怒川直結で十分でしたし、そのような格の特急でした。われわれ日光線支線の住民は、一日一往復しか新栃木に止まらない特急に乗るのは一種の憧れと言えました。すごく速い6000系快速があったので、特に不平も出なかったと記憶しています。時代は変わりました。
投稿: 低N | 2015年12月 8日 (火) 06時53分