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2015年12月17日 (木)

鉄コレ東武3000系の、台車の話

Tochi831
暑い夏。窓をいっぱいに開けた電車。野田線で撮った、私が気に入っている3000系の写真。
だけど、ひまわりに隠れて、3000系っぽさが出ていないですね。

東武3000系は、昭和2(1927)年〜4年にかけて造られた、デハ4〜7型と呼ばれ、戦後は3210形と改番されたイングリッシュ・エレクトリック(旧デッカー社)製「デッカータイプ」と呼ばれる制御器(東武で使われたのは、すべてライセンス生産の国産制御器)が使われた電動車と、同時期に作られた付随車、あるいは木造客車を戦前・戦後に鋼体化した付随車を、昭和39(1964)年から8000系とほぼ同じ構造の、18メートル級3扉の軽量ボディーを台枠から新造して車体更新した電車です。

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「デッカー」といえば、コレ。小さな一段窓が並び、車体裾が切れ上がっていて台枠が見えるクラシカルなスタイル。両運転台で、非貫通の3枚窓の正面が有名ですが、こちらは貫通扉つきの副運転台側。運転台は貫通路をはさんで右側にあるのが特徴です。この、モハ3227(昭和3年日車製)が更新されて、

Tochi830
この車、モハ3125になりました。流用されたのは台車、主電動機(DK91/B、97kW)、主制御器、主抵抗器、電動空気圧縮機(CP)などに限られており、この写真からも、それ以外の機器箱が新しいのがおわかりになると思います。制御器が4つのモーターを制御する(1C4M)ので、2両固定の場合はモハ+クハで一単位、クハには電動発電機(MG)とCPが積まれています。4両固定ではモハ+サハ+モハ+クハのうちモハ+サハ、モハ+クハでそれぞれ一単位を構成していて、東武でいえば、モハ1両に主要機器を集中させていた旧型電車スタイルから、モハ・クハを一単位の固定編成として機器を分散させた、モハ7820系の機器構成とほぼ同じといえます。

しかし、車体や機器類が新しくなった以外は、種車の台車、電動機、車体中央にブレーキシリンダを置いて、テコとロッドで両台車にブレーキ力を伝える車体ブレーキなど、基本的な機構と性能は旧型車とまったく同じ。ほぼ同時代に生まれた小田急4000形や京王5070形など、台車を含めた新しいディメンションの一部に旧車の電動機が使われて吊り掛け駆動になっているのとはまったく異なり、車体だけが新しくなった「更新車」なのです。

3000系列は他に「PR」と呼ばれる日立製制御器を搭載した3050系、国鉄CS-5制御器を搭載した3070系がありますが、機器配置は基本的に標準化されています。外観を際立たせているのは台車の違いで、まさに大正期から戦後の技術革新前夜までの私鉄台車博物館の様相を呈していました。

きょうは、鉄道コレクションの事業者限定3000系、3050系の発売日です。それを記念して、鉄コレの台車を解説してみます。

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モハ3100型とモハ3300型が履く住友金属の釣合梁(イコライザ)鋳鋼台車KS-31Lです。昭和30年代までその名を轟かせた「鋳鋼台車の住金」のルーツともいえる台車です。
同じ形式名が私鉄各社に存在しますが、実は各社で部材の形がやや異なっており、東武の同型台車の中でも微妙な違いがあります。この台車は鉄コレの小田急1600用に作られたと記憶していますが、枕バネの上の台車側梁が少し厚めに表現されているため、阪急900型のKS-33Lに見えてしまうのが残念。台車枠をほっそりさせて、軸バネをもう2巻き多くするとバッチリなんだけどな……。

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サハ3200が履いているのは、TR-11です。東武では、昭和16(1941)年から大正時代の木造客車を鋼体化してクハ・サハにしましたが、その際種車の客車についていたものと、さらに旧い短軸台車を置き換えるために、戦後国鉄から大量に払い下げを受けて履き替えたものとがあります。標準軌への改造を見越した長軸台車なので幅が広く、「球山形鋼」という船舶用の形鋼を天地逆さに使った、分厚い台車側梁が特徴で、乗り心地が非常に堅い台車でした。

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クハ3400は、KS-30Lを履いています。これは、デッカーモハ3227の一族よりもさらに一世代旧い大正15年製の電車で、車体や台車は電車のスタイルですが、当初は蒸気機関車に牽かれる客車として造られました。戦後はモハ2200型と呼ばれていました。戦後、運輸省から20メートル4扉の63系電車が割り当てられた際にその代償として地方私鉄に譲渡された車が多いので、少数派の台車です。3000系廃車の際にも早期に淘汰されました。初期ボールドウィン・タイプの電車用イコライザ台車の特徴である、華奢な軸バネが2本ずつ並ぶのがちゃんと再現されているのがたまりません。この台車も、鉄コレの地方私鉄電車の流用だったと思います。

3000系の前身であった「デッカー」系列は、昭和初期の当時としては破格の、80両近くの電動車が一気に新製されました。そんな事情から、モハはほとんどKS-31L台車に統一されていますが、サハ・クハには非常に多彩な台車が使われていました。鉄コレに使われている台車は、ほんの一例に過ぎないのです。


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コメント

スゴいな、東武ブログ!
勉強になります!
ぼくも勉強して低Nさまのように東大へ逝きます!
東武大学!

ここまで学術的なので一点だけちゃちゃです。
小田急は系じゃないよ、4000形。

コメントありがとうございます。
ご指摘の点、直しました。京王5070も「形」表記のほうがいいようです。
京王大学も、なかなか難しいですね。

 単純な入力ミスと思いますが、DK91/Bの出力は97kWです。67kWだと形式は1000代になってしまいます。
 出力の単位のW(ワット)は大文字表記が正当です。

ご指摘ありがとうございました。内容修正いたしました。

スゴいな、東武ブログ!
勉強になります。
そういえば香港に行ったときにデッカー製コントローラーをチェックせよと言われたのを思い出しました。ブログに報告書いたのにレス無しだったのも・・・。
一点だけちゃちゃです。
クハ3400の台車はブレーキがクラスプだったです。

Cederさん
香港のデッカーの件では失礼いたしました。忙しくなるとブログを巡回しなくなるので、その期間だったと思われます。出張から帰ったら拝見いたします。

クハ3400の台車のご指摘、さすがですね。
もともとシングル(片押し)ブレーキだった初期のイコライザー式台車は、戦後クラスプ(両抱き)ブレーキに改造されました。台車側枠を延長して台車枠外側のブレーキ装置をつけたのですが、この台車のみ、形態を崩さずクラスプ化されているのです。

そのうちこの話で1エントリ立てるかもしれません。

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