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2015年6月13日 (土)

上野毛の東京都公文書館

何となく上野毛に心寄せたい気分です。

公刊された資料なら永田町の国立国会図書館、鉄道省文書をはじめ、認可関係の書類は竹橋の国立公文書館。東京で鉄道関係の調べ物をするには鉄板の両施設。少し前までは、東京の鉄道建設誌などが開架で揃っていた広尾の都立中央図書館が挙げられたのですが、石原慎太郎知事時代に蔵書の大整理が行われてしまい、今は見る影もありません。

東京の鉄道史を調べる上で「穴場」なのが、東京都公文書館の存在です。もちろん認可関係は国の仕事ですが、都は地方自治体としては図抜けた規模をもつため、都市計画や都の所管する分野の認可書類などを探すと、立案段階から建設までの歴史をけっこう細かく追うことができるのです。

確か芝浦あたりにあったのではないかと思っていたのですが、上野毛に移転していました。
そこで昨年7月、初めて東急大井町線の上野毛駅に降り立ったのです。

駅を出てすぐ環8の交差点。それを渡ると、左に上野毛自然公園の石垣——つまり、国分寺崖線を横目に見ながら一気に坂を下ります。私が暮らしてきた東京は文京区大塚・小菅・西荻窪・清澄白河。大塚に住んでいた時は音羽通りと千川通りに駆け下りる崖線がありましたが、多摩川に向かって駆け下りる——現存する川に向かった崖を降りる、等々力など世田谷のこのあたりの地域独特の景観はとても新鮮でした。

Img_8379
旧玉川高校の東京都公文書館から、崖の上の上野毛駅方面を振り返る。

坂を下りたその先に、都公文書館はありました。
旧都立玉川高校の校舎をそのまま利用。靴を脱いで入ります。閲覧室は理科教室のような部屋でした。端末で目録を検索し、目指す資料の目録をプリントアウトして係員の女性に渡します。コピーは枚数制限あり。カメラを持参しての複写も認められています。

目的を果たし、二子玉川に抜けようとしました。バス停があり、20分ぐらい待って乗りましたが、ちょっと走ったらすぐ終着に着いてしまいました。歩いても5分ぐらいであったようです。
いきなりイオンモールの中に叩き込まれた違和感は、何度来ても抜けません。

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鉄道」カテゴリの記事

コメント

その節はイオンモールにようこそお越しくださいました。
そしてご近所をご紹介いただきありがとうございます!
まもなく駒沢通りも拡幅、
某糞電鉄はイオンモールへのアプローチに上野毛駅を利用させようと画策、
この静寂な風景も台無しになってしまうかもしれません。
世界に誇るようなものではありませんが、貧乏でも見て楽しむことはできる高級住宅地です(糞爆)。

この施設の元になってる玉川高校は家内の母校です。廃校になったときにお別れ同窓会に出かけていった家内のことを思いました。
このあたりを弄繰り回してる越後屋電鉄のせいで母校まで亡くしてしまったわけですね。

越後屋の暴挙は止まりませんね。
先日五島美術館の庭の慶太翁が富士を眺めたポイントに立ったら、自社が建てた糞ビルが富士を遮っていました、、、

田山花袋の短編に『再び草の野に』があります。
東武伊勢崎線は利根川の手前まで建設が進んだところで資金難で工事が頓挫、終点の川俣駅はターミナルとして宿屋、料亭、俥屋などが建ち並び、にわかに宿場町の賑わいを見せます。ですが利根川架橋が完成して(史実では、根津嘉一郎が経営に参画して積極策に出たわけです)駅が川の北側に移ると、みんなさっさと立ち退いてしまい、辺りは再び草の野に還っていく——鉄道がベンチャーだったころの、刹那的な街の様子を活写した掌編です。

二子玉川に来ると、いつもこの小説を思い出します。そういう刹那の洪水が、上野毛にも押し寄せて来ているんですね。愛惜のあるものが失われる引き替えとしては、虚しさを感じさせずにはいられない「流れ」でしょうね。

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