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2015年3月17日 (火)

3.11は仙台へ

仕事で急遽、仙台に向かうことになりました。

4年前の3.11のときは、緊急自動車専用・一般車通行禁止が解かれたばかりででこぼこ、段差だらけの東北道で郡山に入り、原発避難者が2千人ぎっしり詰め込まれた「ふくしまビッグパレット」や見えない放射能への人々の怖れ、不安、いらだちを取材して回っていました。

「駅にタンク車が着いた」という噂が、数少ない町の明るい話題としてぱっと拡がりました。これで3時間のガソリンスタンドの列が解消される。JR東日本、貨物の社員たちが奮闘して根岸から磐越西線回りで届けたガソリンタンク車の列を、私も郡山駅まで見に行きました。私自身は東京を満タンで発ち、郡山で給油の迷惑をかけることなく帰る計画を立てて来ていましたが、駅にタンク車がいる、というありふれた風景が、こんなに心強く見えるとは思いませんでした。

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今回の仕事は震災と関係なく、夕方の「こまち・はやぶさ」であわただしく仙台に向かいます。席はぎっしりの満席。A席の私とB、C席の若者、知らない同士ですが16時半というのにみんな弁当を食べ始めました。私は大好きな高崎弁当の「とりめし」を。つくづく色気のない弁当であります。
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取材の仕事を終えて、一杯やってホテルに入ろうと思いましたが、していたつもりのホテルの予約が全然できてないアクシデントが。世界防災会議などを控え、仙台のホテルは満杯状態でした。

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駅頭は雪模様で冷え込みます。ネットカフェ泊まりも視野に入れつつ、スタバでチェーンホテルの予約データベースを更新し続け、キャンセルに潜り込むことができました。
夜遅くにもかかわらず、ビルの入り口に掲げ続けられている弔旗が、きょうが特別な日であることを思い起こさせる仙台の夜でした。

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コメント

ふたつ連続で上がったと思ったらやっぱりそれで終わったなあ(かくばく)~
エントリ、お待ちしてますー

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