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2014年12月28日 (日)

ヲタはなぜ幕が好きなのか——関東バス3扉車に乗って思う

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吉祥寺駅で用務先に向かうバスに乗ろうとしたら、行き先がLEDではなく方向幕表示のバスが来ました。
珍しいなあ、ととっさに1枚撮って乗り込んでみたら、なんと東京の関東バスに1台だけ残っている3扉車ではないですか。

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一昔前の関東バスの代名詞と言えば前中後ろの3扉車。一般的な前中扉だと立客が中扉前までに固まりがちなのに対して、最後部の扉を降車用にすることで前から後ろまでまんべんなく人の流れを作ることができて詰め込みが効き、かつ終点では全部の扉を開いて乗客を降ろすことができるので効率的。京王帝都バスや、東武バスの上尾などでも使われていました。しかし、バリアフリーのための低床化により、最後部に扉を作ることができなくなって、ほぼ絶滅状態。関東バスでも富士重工7Eのこの車が、1台だけ保存車的に残されているのです。

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路線の途中で折り返す通学系統なので乗客は2人だけ。師走の夕暮れの街を眺めながら。

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もう日が落ち、構内バス停にぱらぱら待っているお客を乗せて戻っていきます(この系統専用に充当されているのではないようです)。

ちょっとびっくりしたことが。運転士席の後ろには、このバスが最後の三扉車であるという説明書きがありましたが、「路線バスとして使用しているので、乗務員に方向幕の操作を要求するのはお控えください」という注意書きがわざわざ書かれていたのです。終点などで折り返し待ちの時に、いろいろな行き先を出すよう要求するバスマニアが多くて、辟易しているのでしょう。こういうのは、気のよさそうな運転手さんに、うまくタイミングを図ってダメモトで頼んでみて、応じてくれたらハッピーという、なかばアングラな世界であり、「会社としてお断り」という掲示が出るほどの要求になっていたとはオドロキです。

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ちなみにこれは、南栗橋駅前で「東武ファンフェスタ」シャトルバスの運行が終わって、運転手さんが要望に応えて行き先を次々に変えるサービスをしてくれているところ。こんなに人がたかっちゃう。私は電車の発車時刻が迫っていたのでこんなカットしか撮りませんでしたが、ヒマだったら加わっていた?

それにしても、なんでわれわれは方向幕がクルクル回ると、どきどきするんでしょうかね?

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かく言う私も、こういうモノを持っております。方向幕だけの「模型」ですね。小学生の頃、よく、ボール紙でバスを作りました。方向幕窓をくり抜いて、薄い紙に行先を書いて、両端に爪楊枝を接着し、軸にしてくるくる回して遊んだことがあるので、「ついに出たか!」と思ったのですが、売れたのでしょうか?

「なんで鉄道が好きなのですか?」と一般の人に聞かれることもがよくあって、「小さい子どもって、大きいもの、速いもの、力強いものが好きじゃないですか。要するにオトナになれていないということです」と答えて笑わせることが多いのですが、どうもわれながら釈然としません。本質を突く言葉を追っている最中です。「何で方向幕やサボに執着するの?」という問いも、何とも思わない人に説明しがたい、似たようなところがあるかも知れません。

昔、ある出版社からある鉄道の車両ガイドブックを当時の仲間たちと出したことがあって、車両基地にお邪魔していたことがありますが、仲間たちはすぐ普段使わないレアな行先を出して遊びたがりました。私はディレクションする立場なので、使わない行先を出した写真は会社が掲載を許可してくれないことがわかっていますから、限られた時間で必要な要素と、場合によっては使うかも知れない要素を押さえたい。なので、なかば苦々しく見ていたのですが、やっぱりどきどきしている自分もいるわけです。

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この会社では、手動方向幕時代に幕を回すのは駅員の役目だったので、回送のときには無表示のコマまでハンドルを回すのが面倒で、半分ずらしただけの「手抜き」がよくありました。こんなことを再現して喜んでいます。われも好き者よのう。

方向幕が回るのを見て楽しいのは、遠い土地、知らない土地の地名が出ることの面白さのほかに、隠しているものを見たときの喜びがあるのかも知れませんね。
これは、親しい女の子の、今まで知らなかった別の一面が覗けることと似ているのかなあ。
でも、考えてみると、女の子でそうなった場合は、楽しいことばかりではなかったよね(笑)。


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コメント

 身近に関東バスを見られる地域の住人です。3扉時代には乗り慣れない人が降車停留所で中扉の前に立ち、止まっても扉が開かないのに戸惑っている光景をよく見かけました。
 小型の前後2扉車で、車輪間の座席がすべて跳上げ式というすさまじいバスも、阿佐ヶ谷営業所に配置されていたことがあります。

お初にて失礼します。
西武バスもふそうのブルドッグの頃、3扉入れましたが一時期途絶えています。
その頃非冷房なのに正面大型幕であったりと、趣味的に面白い個体ゴロゴロしていたのですがまともな記録取っていないのが後の祭りです。

さて東武電車の幕、本来青地であるクハ8484や本線から東上線に来た5000系の大半など白地幕装備したのも記憶ございます。
また、助手席側の幕も種別入れられていたようですが、長らく使われることありませんでしたね。

新年おめでとうございます。

関西では奈良交通の学園前に大量のブルーリボン
3枚扉車が配置されていたぐらいしかなかったので、
新宿西口や、京成の幕張の3枚扉車と連接車の
ダブル配置などには大層驚きました。
あと、京急には前中扉ながら両開き引戸も
ありましたね。

昨日、久し振りに東京空港交通の3枚扉かつ
中扉が両開き引戸のふそうに乗りました。
こちらは特殊利用ゆえに暫くは残りそうですね。

今年もよろしくお願いいたします。

モハメイドペーパーさん
「ほとんど補助席」のバス、ということですか。山手線などの6扉車のバス版。凄いですね。それほど中央線沿線の人口集中が急激だったということなのですね。

12号線さん
はじめまして。コメントありがとうございます。正面方向幕の大型化は昭和50年代から始まったと記憶しており、冷房化の開始よりもちょっと早いのですね。
東武の青地幕→白幕は、昭和50年代半ばから行先幕の青地化が進む過程で、白幕の新品の在庫がまだあったために転属の際使ったということなのでしょうね。

品じいさん
新宿西口は京王バス3枚扉の牙城でしたね。京急車の両開きワイドドアもバブル期の混雑緩和策の試行錯誤のひとつとして印象深いですね。
羽田では沖止めだったんですね(笑)。

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